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godhandの日記

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2023/08/22(火)
「イーロンマスク」

法華宗の心は一念三千・性悪性善・妙覚の位に猶備われり 元品の法性は梵天・帝釈等と顕れ、元品の無明は第六天の魔王と顕れり

日蓮大聖人のお手紙の一部です。あなたの本性に備わった善悪は法華宗の信仰によって仏の境地にもなることができるが、何もしなければわからなければ(無明)、第六天の魔王のえさになるだけだと。

イーロンマスクが、この世界が仮想現実だ、と気づきました。何年も前の話だそうですが。私は科学の力でそこまでたどりつくんだと感心しましたが、一体何の目的で仮想現実が作られたのかをつきつめることはしないようです。ひとりでに仮想現実なんてできやしないのに。そしてこの世界は正確に表現するところの「仮想」ではないです。豚にとって養豚場は仮想現実ではありません。誰かが用意してくれた空間でけだるくエサを食む日々は唐突に終わります。魔王にとっては仮想でなく実際人をおいしくいただくためにわざわざこの世界というか宇宙というか装置に人類を置いてるんですよ。人は何もしなければ養豚場の豚と一緒。死ぬそのほんの瞬間の恍惚感をおいしくいただかれるためだけに、こんな一定の空気気圧温度お水その他もろもろが湧いて出てる環境に住まわせてもらってるんですよ。無明の人は魔王にいただかれる1秒だか2秒のために、生まれては死ぬをくり返す。悲惨な死に方であればあるほど非常においしい。だから人は愚かなことをやめない。止める人もいない。用済みになるまで悪人はのさばり続ける。法華経の信仰がなければ何も護るものは現れない。

既に鎌倉時代に日蓮大聖人がこの世の理(ことわり)をわかりやすく説明してくれているのに、いまだ大半の人は平気で、どの時代にどんなに輪廻転生をくりかえしても無明そのものの人生を魔王の思惑通りに過ごしています。

巷には都市伝説やらサブカルやらで賑わっていますが、肝心かなめの第六天の魔王については何も考察も関心もありません。仏典にも織田信長のエピソードにもあるくらい有名な魔王なんですけどね。ばかみたいに裾野を広げていろんな想像力を働かせてみても第六天の魔王にたどりついていないのは、逆に魔王の気づきはさせない、という意志を感じます。

南無妙法蓮華経を毎日唱えていれば、エサで食われることは決してありません。次元の違う梵天にも帝釈にもなれます。イーロンマスクがそこまでつきつめてくれれば多くの人も真似するのに。

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