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ギトンのあ-いえばこ-ゆ-記(旧)

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ここは、2015.3.10.までの過去日記倉庫です。

2013/07/05(金)
「密林の誘惑(4)」

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そこで、少し飛躍かもしれませんが、ギトンは、『小岩井農場』の‘歩行詩作’の少し前、1922年1月頃に書かれたと思われる習作散文『花椰菜』が参考になると思っています:
http://www.aozora.gr.jp/cards/000081/files/4466_8268.html
http://c.fc2.com/m.php?_mfc2u=http%3A%2F%2Fwww.aozora.gr.jp%2Fcards%2F000081%2Ffiles%2F4466_8268.html
「うすい鼠がかった光がそこらいちめんほのかにこめてゐた。
 そこはカムチャッカの横の方の地図で見ると山脈の褐色のケバが明るくつらなってゐるあたりらしかったが実際はそんな山も見えず却ってでこぼこの野原のやうに思はれた。
 〔……〕
 外はまっくろな腐植土の畑で向ふには暗い色の針葉樹がぞろりとならんでゐた。
 小屋のうしろにもたしかにその黒い木がいっぱいにしげってゐるらしかった。畑には灰いろの花椰菜が光って百本ばかりそれから蕃茄(トマト)の緑や黄金(きん)の葉がくしゃくしゃにからみ合ってゐた。馬鈴薯もあった。馬鈴薯は大抵倒れたりガサガサに枯れたりしてゐた。ロシア人やだったん人がふらふらと行ったり来たりしてゐた。全体祈ってゐるのだらうか畑を作ってゐるのだらうかと私は何べんも考へた。
 実にふらふらと踊るやうに泳ぐやうに往来してゐた。そして横目でちらちら私を見たのだ。〔…〕
 右手の方にきれいな藤いろの寛衣をつけた若い男が立ってだまって私をさぐるやうに見てゐた。私と瞳が合ふや俄に顔色をゆるがし眉をきっとあげた。そして腰につけてゐた刀の模型のやうなものを今にも抜くやうなそぶりをして見せた。私はつまらないと思った。それからチラッと愛を感じた。すべて敵に遭って却ってそれをなつかしむ、これがおれのこの頃の病気だと私はひとりでつぶやいた。そして哂った。考へて又哂った。
 その男はもう見えなかった。
 〔……〕
 私はふっと自分の服装を見た。たしかに茶いろのポケットの沢山ついた上着を着て長靴をはいてゐる。〔…〕人がうろうろしてゐた。せいの高い顔の滑らかに黄いろな男がゐた。あれは支那人にちがひないと思った。
 よく見るとたしかに髪を捲いてゐた。その男は大股に右手に入った。それから小さな親切さうな青いきものの男がどうしたわけか片あしにリボンのやうにはんけちを結んでゐた。そして両あしをきちんと集めて少しかゞむやうにしてしばらくじっとしてゐた。私はたしかに祈りだと思った。
 〔…〕うすあかりが青くけむり東のそらには日本の春の夕方のやうに鼠色の重い雲が一杯に重なってゐた。そこに紫苑(しをん)の花びらが羽虫のやうにむらがり飛びかすかに光って渦を巻いた。
 みんなはだれもパッと顔をほてらせてあつまり手を斜に東の空へのばして
『ホッホッホッホッ。』と叫んで飛びあがった。私は花椰菜の中ですっぱだかになってゐた。私のからだは貝殻よりも白く光ってゐた。私は感激してみんなのところへ走って行った。
 そしてはねあがって手をのばしてみんなと一緒に
『ホッホッホッホッ』と叫んだ。
 たしかに紫苑のはなびらは生きてゐた。
 みんなはだんだん東の方へうつって行った。
 それから私は黒い針葉樹の列をくぐって外に出た。〔…〕」

場所は「カムチャッカ」と言っていますが、賢治はまだ北海道にもサハリンにも行ったことがありません。東北の僻村のような風景です。「花椰菜(はなやさい)」はカリフラワーのこと。「ロシア人」「だったん人」「支那人」といった人々が「ふらふら」往来しながら「横目でちらちら私を見た」。彼らは、祈っているようでもあり、農作業をしているようでもあった。
腰に「刀の模型のやうなもの」を付けた若い男と目が合い険悪なふんいきになったが、「私」はかえって「チラッと愛を感じた。」しかし、作者が笑っていると、その男はいなくなってしまった。
「片あしにリボンのやうにはんけちを結ん」だ小柄な男は、「両あしをきちんと集めて少しかゞむやうにしてしばらくじっとしてゐた。」これは祈っているようだった。
作者の服装は、軍人か探検家のようです。
紫苑(シオン)は、キク科の多年草で、野菊に似た簡素な薄紫色の花を咲かせます:http://blog.crooz.jp/gitonszimmer2/ShowArticle/?no=167
東アジア原産で、日本には昔からあります。カムチャツカになぜシオンが出てくるのか、よく分からないのですが…、学名(Aster tataricus ‘韃靼のエゾギク’)からの連想でしょうか。しかし、花言葉は「君を忘れず」・「遠方にある人を思う」で、賢治は、保阪や『アザリア』の仲間への思いを込めているのかもしれません。
(つづく)
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