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ギトンのあ-いえばこ-ゆ-記(旧)

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ここは、2015.3.10.までの過去日記倉庫です。

2013/06/05(水)
「税務署長の冒険(6)」

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http://www.aozora.gr.jp/cards/000081/files/1941_17444.html
http://c.fc2.com/m.php?_mfc2u=http%3A%2F%2Fwww.aozora.gr.jp%2Fcards%2F000081%2Ffiles%2F1941_17444.html
〔峯や谷は〕〜『マグノリアの木』に書かれていた早春の山のようすも想起されます。じっさい、この『税務署長の冒険』の最後の場面は:

「『あゝもうあの日から四日たってゐるなあ。ちょっとの間に木の芽が大きくなった。』
 署長はそらを見あげた。春らしいしめった白い雲が丘の山からぼおっと出てくろもじのにほひが風にふうっと漂って来た。
『あゝいゝ匂だな。』署長が云った。
『いゝ匂ですな。』名誉村長が云った。」

と、クロモジ☆の芽の香りで締めくくられます。『マグノリアの木』では、クロモジは次のように描かれていました:

「いきなり険しい灌木の崖が目の前に出ました。
 諒安はそのくろもじの枝にとりついてのぼりました。くろもじはかすかな匂を霧に送り霧は俄かに乳いろの柔らかなやさしいものを諒安によこしました。
 諒安はよじのぼりながら笑いました。
 〔……〕
 そして諒安はとうとう一つの平らな枯草の頂上に立ちました。」

☆(注) クロモジは、クスノキ科の落葉樹で、山地の森林の下層にふつうに生える潅木です。枝を折ると良い香りがするので、高級な楊枝の材料にされます。和菓子の土産品に、クロモジの楊枝を添えたものがよくあります:http://blog.crooz.jp/gitonszimmer2/ShowArticle/?no=64
http://blog.crooz.jp/gitonszimmer2/ShowArticle/?no=160

さきほどの尾根の藪漕ぎ場面以降、『税務署長の冒険』は、作品の後半全体がこのような春の野山の風光に彩られているのです。それは、村長や村会議員に支配された‘村ぐるみの犯罪’という重くなりがちなテーマに対して、この作品の持ち味を柔かく軽いものにする効果を及ぼしていると思います。

そういえば、署長が攀じ登った尾根から密造酒工場を発見した場面では:

「見ると荷馬車が一台おいてある。〔…〕間もなく二人は大きな二斗樽を両方から持って出て来た。そしてどっこいといふ風に荷馬車にのっけてあたりをじっと見まはした。馬が黒くてかてか光ってゐたし谷はごうと流れてしづかなもんだった、署長はもう興奮して頭をやけに振った。〔…〕荷馬車の上はもう樽でぎっしりだった。すると三人がそれへ小屋の横から松の生枝をのせたりかぶせたりし出した。
 見る間にすっかり縛られて車が青くなり樽が見えなくなってもう誰が見ても山から松枝をテレピン工場へでも運ぶとしか見えなくなった。荷馬車がうごき出した。」

‘テレピン工場へ行く荷車’というモチーフは、童話小品『車』を想起させます:http://kdiary1.fc2.com/cgi-bin/d.cgi/giton/?dt=20130419
http://kdiary1.fc2.com/cgi-bin/d.cgi/giton/?dt=20130422
たしかに、『税務署長の冒険』のこの場面も、あたりはテレビン油やピネンの匂いに満ちています。少し前に:

「どこかで蜂か何かぶうぶう鳴り風はかれ草や松やにのいゝ匂を運んで来た。」

と書いてあるからです。
荷車が出て行った留守のあいだに署長は工場へ侵入して密造現場を発見しますが、ちょうどやってきた名誉村長以下の村人たちに捕らえられて、松の木に吊るされてしまいます。

さて、こうして「産業組合」は中身のない単なる隠れ蓑で、その実体は村ぐるみの密造酒会社だったことが、読者の前に明らかになったわけですが、
これほど大がかりに設備をもうけて密造していた理由は何なのでしょう。
作者の考えは、ここまでの叙述によって明らかです。密造の目的は利益の追求──酒税の賦課を逃れることによって、村外のメーカーが販売している清酒と変わらない品質のものを、ずっと安価に生産することができるからです。
“規模の利益”という言葉があるように、密造工場の零細な設備では、メーカーの量産工場よりも生産コスト自体は高くかかるはずです。もし酒税を払うならば、村で造った酒は、「北の輝」より高い値段になってしまうのです。酒税を脱税しているからこそ成り立つ企業、それが密造酒なのです。
(つづく)
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