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ギトンのあ-いえばこ-ゆ-記(旧)

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ここは、2015.3.10.までの過去日記倉庫です。

2013/05/29(水)
「税務署長の冒険(1)」

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http://www.aozora.gr.jp/cards/000081/files/1941_17444.html
http://c.fc2.com/m.php?_mfc2u=http%3A%2F%2Fwww.aozora.gr.jp%2Fcards%2F000081%2Ffiles%2F1941_17444.html
最初に言っておかなければなりませんが、↓以下、ネタバレになりますから、
まず↑この作品を読んだあとで、ギトンの解説を読まれるようお勧めしますw


〔税務署長の冒険〕は、冒頭の欠けた原稿の形で遺されていた習作散文ですが、
書かれた時期は、『新校本全集』編集者によれば、筆跡から見て1922年以後で、最晩年ではなく、用紙から見ると、おそらく岩波茂雄宛書簡の1925年よりあとではないかと思われます。つまり、『春と修羅』出版以後で、農学校教師時代の終り頃か、それ以降に書かれたものということになります。

内容は、賢治作品にはめずらしいサスペンス小説の習作ですが、やはり東北農村を舞台としており☆、それまでの他の習作の断片や風景モチーフが散りばめられている点でも興味深いものです。

☆(注) 現存原稿の冒頭欄外に、「かゝとに脉ある村人気質を軽いユーモアを加へて書く/村名等すっかり東北風のこと」というメモが(おそらく執筆以後の記入)あります。

当時、江戸川乱歩の推理小説★などが好評を博しており、賢治も、農村を題材とした軽妙なサスペンス小説を構想してみたのではないでしょうか。

★(注) 江戸川乱歩は、1923年の『二銭銅貨』でデビューし、数篇の推理小説をヒットさせたあと、1925年の『D坂の殺人事件』から探偵明智小五郎が登場します。1926〜1927年に朝日新聞に連載した『一寸法師』は大衆受けし映画化されました。

宮沢賢治は、詩、童話、短歌以外に、こうしたリアルな‘大人の小説’を試みることもあったらしく、何篇かの習作が遺されていますが、それらの中では、〔税務署長の冒険〕は比較的成功しているのではないかと思います。


〔税務署長の冒険〕という題名も、〔濁密防止講演会〕という章題も、作者没後に全集等の編集者が付けたものでして、作者が付けていた題名等は、原稿冒頭が失われている以上、まったく分かりません。
東北の僻地の税務署に赴任してきた署長が、村ぐるみの清酒密造を摘発するために、さまざまな抵抗に出会いながら名探偵まがいの‘冒険’をして摘発してゆくという荒筋です。
椎茸の仲買人を装って村の奥に潜入した署長は、密造工場を見つけて侵入したものの、村人に捕らえられ、あわや‘炭焼き窯の煙’にされるところでしたが、部下の働きによって救出され、密造者の一味は逮捕されるというハッピーエンドで終っています。

賢治ファンとして面白いのは、‘清酒密造’グループの道具立てでして、村会議員以下、名誉村長、小学校長など、村のお歴々が総出で密造会社の社長、重役におさまっているという、まさに‘村ぐるみ’の組織的な密造の構図が描かれています。

密造工場は、山奥の空き地に、椎茸の乾燥場を装った建物を崖に接して建て、密造施設は、崖を掘った地下にしつらえるという周到ぶり、密造の内容も‘どぶろく’どころではなく、本物の清酒工場まがいの設備で化学器具も備え、乳酸菌の培養からやっているという本格的なものです。
工場に通じる道には「番所」が設けられていて、番人が人の通行をチェックしています。
密造に関係している人物はもちろん、関係のない‘産業組合’や酒屋もふくめ、村人たちは、村外の‘よそ者’に対しては固く口をつぐんで密造を知られないようにしているのです。その‘村ぐるみ’の機構の完璧さは、小説冒頭で新任署長が密造酒防止の講演をした時にもみごとなもので、
署長がいかにハッタリをかませて、

「この会衆の中にも七人のおれの方への密告者がまじってゐるのだ。……おれの方では誰の家の納屋の中に何斗あるか誰の家の床下に何升あるかちゃんと表になってあるのだ。」

などと言っても、村会議員以下の村人たちは、どっと笑うばかりです。
じっさい、村ぐるみの密造酒は、本物の酒造工場も顔負けの設備で本格的にやっているのですから、農家の納屋の隅や床下でこっそりと濁り酒を造っているくらいに思ってカマをかけても、村人はビクともしないのでした。

21世紀の日本ではほとんど見られなくなりましたが、第二次大戦前のこうした‘むら’共同体の閉鎖的な団結力は、じつにすさまじいものだと思います。
(つづく)
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