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ここは、2015.3.10.までの過去日記倉庫です。
2013/04/24(水)
「鋼青の空(2)」
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http://id43.fm-p.jp/530/giton/index.php?module=viewbk&action=ppg&stid=1&bkid=990474&pgno=9&bkrow=0
「パート三」の‘暗がりの沢’に関連して言えば、次のようなモチーフもあります:
「わたくしたちが死んだといつて泣いたあと
……………………
まだこの世かいのゆめのなかにゐて
……………………
水のながれる暗いはやしのなかを
かなしくうたつて飛んで行つたらうか」(青森挽歌)
この「水の流れる暗い林」のモチーフは、「小岩井農場」でもすでにある程度展開されています:
「侏羅(じゅら)や白堊☆のまつくらな森林のなか
……………………
たれも見てゐないその地質時代の林の底を
水は濁ってどんどんながれた」(パート四)
☆(注) ジュラ紀(1億9960万年前〜1億4550万年前)、白亜紀(1億4550万年前〜6550万年前)は、中生代の半ば〜終りの年代で、恐竜の全盛時代。
http://id43.fm-p.jp/530/giton/index.php?module=viewbk&action=ppg&stid=1&bkid=990474&pgno=11&bkrow=0
さて、「静かな目まぐるしさ」のあとは、人の付いていない荷馬車が1台だけ動いているという不可解な光景です。
見れば、荷馬車を挽いているのは、「払い下げの立派なハックニー」種の馬ですが、年とっているために脚が揺れておぼつかない足取りです。
荷馬車に付いていなければならないはずの人はどこにいるのかと見渡せば:
61……馬車挽きはみんなといつしよに
向ふのどてのかれ草に
腰をおろしてやすんでゐる
三人赤くわらつてこつちをみ
65また一人は大股にどてのなかをあるき
なにか忘れものでももつてくるといふ風…(蜂凾の白ペンキ)
つまり、松の生木を積んだ4台の荷馬車(そのうち3台は止まっていて、1台はひとりでに動いている)の4人の「馬車挽き」は、土手の上で腰を下ろして休んでいるのです。
そのうち3人は、荷馬車が勝手に動くのを、笑って見ている。1人は、「大股に土手の中を歩き/何か忘れ物でも持ってくるというふう」です。──おそらく、この歩いて来る人の荷馬車が、ひとりでに動き出してしまったのでしょう。他の3人に笑われて決まりが悪いので、(あわてて走ったりすれば、爆笑されてしまいます…)わざと大股に、何事もないかのように、‘ちょっと荷馬車に忘れ物をしたから取りに行ってくる’というような様子をして、やって来るのです。
しかし、それにしても、ハクニー馬は、なぜ勝手に歩き出してしまったのでしょう…
【下書稿】を見ると、
「この馬は黒くて払ひ下げだ。
年老ってゐるがたくましい。」
となっています。ハクニー種だというのは、推敲の過程で加えた創作なのかも知れません。
ハクニーは、もう何度か出てきましたが、
イギリスで開発された馬の品種で、
脚を高く上げて馬車を引く優雅な仕草で知られる馬車用の最上級馬種。優雅なだけでなく、馬車を挽いて走るだけの頑健性と持久力があり、また、軍馬として騎馬戦に耐える勇気があります:
http://blog.crooz.jp/svc/userFrontArticle/ShowFiles/?no=131&blog_id=14963971&file_str=149639711316e8032deb3d3dddc0f55bc9ab4bb2a53c88cfd9f.jpg&guid=on&vga_flg=0&y=2012&m=11&d=16&wid=500&hei=394
つまり、【下書稿】⇒【印刷用原稿】への賢治の推敲過程でフィクションないし脚色が加えられていて、
51馬は拂ひ下げの立派なハツクニー
脚のゆれるフは年老つたため
(おい ヘングスト しつかりしろよ
三日月みたいな眼つきをして
55 おまけになみだがいつぱいで
陰氣にあたまを下げてゐられると
おれはまつたくたまらないのだ
威勢よく桃いろの舌をかみふつと鼻を鳴らせ)
ぜんたい馬の眼のなかには複雑なレンズがあつて
60けしきやみんなへんにうるんでいびつにみえる……
皇族・高官の送り迎えか軍馬として活躍していたハクニーが払い下げられて、こんな岩手の片田舎で生木の丸太を運ぶ仕事をさせられている。
【下書稿】では単に、「年老ってゐるがたくましい」と書かれていたのが、
「三日月みたいな眼つきをして/おまけになみだがいつぱいで/陰氣にあたまを下げてゐ」る老馬のようすが詳しく描かれています。
(つづく)
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http://id43.fm-p.jp/530/giton/index.php?module=viewbk&action=ppg&stid=1&bkid=990474&pgno=9&bkrow=0
「パート三」の‘暗がりの沢’に関連して言えば、次のようなモチーフもあります:
「わたくしたちが死んだといつて泣いたあと
……………………
まだこの世かいのゆめのなかにゐて
……………………
水のながれる暗いはやしのなかを
かなしくうたつて飛んで行つたらうか」(青森挽歌)
この「水の流れる暗い林」のモチーフは、「小岩井農場」でもすでにある程度展開されています:
「侏羅(じゅら)や白堊☆のまつくらな森林のなか
……………………
たれも見てゐないその地質時代の林の底を
水は濁ってどんどんながれた」(パート四)
☆(注) ジュラ紀(1億9960万年前〜1億4550万年前)、白亜紀(1億4550万年前〜6550万年前)は、中生代の半ば〜終りの年代で、恐竜の全盛時代。
http://id43.fm-p.jp/530/giton/index.php?module=viewbk&action=ppg&stid=1&bkid=990474&pgno=11&bkrow=0
さて、「静かな目まぐるしさ」のあとは、人の付いていない荷馬車が1台だけ動いているという不可解な光景です。
見れば、荷馬車を挽いているのは、「払い下げの立派なハックニー」種の馬ですが、年とっているために脚が揺れておぼつかない足取りです。
荷馬車に付いていなければならないはずの人はどこにいるのかと見渡せば:
61……馬車挽きはみんなといつしよに
向ふのどてのかれ草に
腰をおろしてやすんでゐる
三人赤くわらつてこつちをみ
65また一人は大股にどてのなかをあるき
なにか忘れものでももつてくるといふ風…(蜂凾の白ペンキ)
つまり、松の生木を積んだ4台の荷馬車(そのうち3台は止まっていて、1台はひとりでに動いている)の4人の「馬車挽き」は、土手の上で腰を下ろして休んでいるのです。
そのうち3人は、荷馬車が勝手に動くのを、笑って見ている。1人は、「大股に土手の中を歩き/何か忘れ物でも持ってくるというふう」です。──おそらく、この歩いて来る人の荷馬車が、ひとりでに動き出してしまったのでしょう。他の3人に笑われて決まりが悪いので、(あわてて走ったりすれば、爆笑されてしまいます…)わざと大股に、何事もないかのように、‘ちょっと荷馬車に忘れ物をしたから取りに行ってくる’というような様子をして、やって来るのです。
しかし、それにしても、ハクニー馬は、なぜ勝手に歩き出してしまったのでしょう…
【下書稿】を見ると、
「この馬は黒くて払ひ下げだ。
年老ってゐるがたくましい。」
となっています。ハクニー種だというのは、推敲の過程で加えた創作なのかも知れません。
ハクニーは、もう何度か出てきましたが、
イギリスで開発された馬の品種で、
脚を高く上げて馬車を引く優雅な仕草で知られる馬車用の最上級馬種。優雅なだけでなく、馬車を挽いて走るだけの頑健性と持久力があり、また、軍馬として騎馬戦に耐える勇気があります:
http://blog.crooz.jp/svc/userFrontArticle/ShowFiles/?no=131&blog_id=14963971&file_str=149639711316e8032deb3d3dddc0f55bc9ab4bb2a53c88cfd9f.jpg&guid=on&vga_flg=0&y=2012&m=11&d=16&wid=500&hei=394
つまり、【下書稿】⇒【印刷用原稿】への賢治の推敲過程でフィクションないし脚色が加えられていて、
51馬は拂ひ下げの立派なハツクニー
脚のゆれるフは年老つたため
(おい ヘングスト しつかりしろよ
三日月みたいな眼つきをして
55 おまけになみだがいつぱいで
陰氣にあたまを下げてゐられると
おれはまつたくたまらないのだ
威勢よく桃いろの舌をかみふつと鼻を鳴らせ)
ぜんたい馬の眼のなかには複雑なレンズがあつて
60けしきやみんなへんにうるんでいびつにみえる……
皇族・高官の送り迎えか軍馬として活躍していたハクニーが払い下げられて、こんな岩手の片田舎で生木の丸太を運ぶ仕事をさせられている。
【下書稿】では単に、「年老ってゐるがたくましい」と書かれていたのが、
「三日月みたいな眼つきをして/おまけになみだがいつぱいで/陰氣にあたまを下げてゐ」る老馬のようすが詳しく描かれています。
(つづく)
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