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ここは、2015.3.10.までの過去日記倉庫です。
2013/04/22(月)
「もう入口だ(5)」
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『車』は、全集で５ページ分の短い作品ですが、ギトンは最初に読んだときの印象がとても強かったのを覚えています。テレビン油（主成分はピネン★）の芳香や、その物質に対する作者の好みが伝わってくるような気がしたのです：
「ハーシュは車をひいて青い松林のすぐそばまで来ました。すがすがしい松脂のにほひがして鳥もツンツン啼きました。」
「そして松林のはづれに小さなテレピン油の工場が見えて来ました。松やにの匂がしぃんとして青い煙はあがり日光はさんさんと降ってゐました。」
★(注) ピネンは、柑橘類の芳香成分リモネン、薄荷に含まれるメントール、クスノキの精油カンフル(樟脳)、天然ゴムなどとともに、テルペン類（炭素数が１０または５の倍数になる炭化水素の一種類）と呼ばれます。
しかし、いま読み返してみると、主人公のハーシュは、街頭でその日暮らしをしているストリート・チュルドレンなのです。弁当を持っているところをみれば、帰る家はあるようですが、学校にも行っていませんし、「水色の水兵服を着て空気銃を持った」縮れ毛の子供に、「よござんすか。坊ちゃん」と敬語で呼びかけています。
単発のアルバイトで生活しているフリーターを、もっとワイルドにした感じではないでしょうか…
賢治は、そういう少年の不安定で自由な生活に、憧れを抱いて書いているように思うのです。
この小品に限らず、宮沢賢治の生活感情や創作動機のなかには、自由な生──不安定さ、貧しさ、社会的地位の無さを含む“自由”──へと憧れる面があったのではないでしょうか。
そういえば、ジョバンニにしろ、ブドリの少年時代にしろ、『風の又三郎』の三郎少年にしろ、また、『オツベルと象』の象にしろ、有名な作品の主人公はみな、半放浪的な少年たちではありませんかｗ
ここには、賢治作品を（これまでの伝統的な鑑賞のしかたとは違う面から）読み解く鍵のひとつがないでしょうか…
ちょっと脱線しましたが、
「パート三」に戻って続きを読むと、
http://id43.fm-p.jp/530/giton/index.php?module=viewbk&action=ppg&stid=1&bkid=990474&pgno=11&bkrow=0
……………………
あたらしいテレピン油の蒸氣壓
45一臺だけがあるいてゐる。
……………………
51この荷馬車にはひとがついてゐない
馬方のついていない荷馬車が１台だけ、ひとりでに歩き出しているのです。
テルペンの匂い→松林の中の鳥→気ままな生活→ひとりでに歩き出す荷馬車
というような連想でしょうか◇
◇(注) ちなみに、【下書稿】では、
「松の丸太をつんでゐる。
こっちの方へ向いてゐる。
松の丸太はこには似合はないぞ。
一台だけが歩いてくる。」
となっています。「似合はないぞ。」と警告のように言うのは、松の芳香から、気ままな生活の憧れへと誘なって行こうとする気持ちに対して、これを自戒し抑え込もうとする反動の気持ちが起きているのではないでしょうか。
46けれどもこれは樹や枝のかげでなくて
しめつた黒い腐植質と
石竹いろの花のかけら
さくらの並樹になつたのだ
50こんなしづかなめまぐるしさ。
「腐植質」は、土壌の黒い表土。「石竹いろ」はピンク。湿った林間の黒土の上に、桜のピンクの花びらが散っている様子に注意が向いています
この「小岩井農場」の作品日付5月21日に桜が咲くのは、遅すぎると思うかもしれません。しかし、小岩井農場は、岩手山麓で標高が高いので、本州で最も遅く桜（ソメイヨシノ）が開花する場所なのです
http://blog.crooz.jp/gitonszimmer2/ShowArticle/?no=149
↑こちらは5月9日の農場ですが、ソメイヨシノが満開です◆
◆(注) それでも、5月21日は開花時期より遅いかもしれません。『賢治歩行詩考』(pp.120-121)によれば、心象スケッチ「小岩井農場」は、5月21日の詩作行だけでなく、その２週間前5月7日のメモも加えて、巧みにモンタージュして作られているのです。開花した桜や花びらは、5月7日の情景である可能性が高いと思われます。
ソメイヨシノは自然に生えるものではなく人工植樹ですから、この「さくらの並木」も、農場が植樹したものです。
腐植土の上に散ったピンクの花びらは、官能的な美意識を刺激するものです。
農場の桜の開花は花巻や盛岡より遅いですから、作者には、季節外れの桜が狂い咲きしているように思えたかもしれません。
50 こんなしづかなめまぐるしさ。
（「鋼青の空」へ、つづく）
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『車』は、全集で５ページ分の短い作品ですが、ギトンは最初に読んだときの印象がとても強かったのを覚えています。テレビン油（主成分はピネン★）の芳香や、その物質に対する作者の好みが伝わってくるような気がしたのです：
「ハーシュは車をひいて青い松林のすぐそばまで来ました。すがすがしい松脂のにほひがして鳥もツンツン啼きました。」
「そして松林のはづれに小さなテレピン油の工場が見えて来ました。松やにの匂がしぃんとして青い煙はあがり日光はさんさんと降ってゐました。」
★(注) ピネンは、柑橘類の芳香成分リモネン、薄荷に含まれるメントール、クスノキの精油カンフル(樟脳)、天然ゴムなどとともに、テルペン類（炭素数が１０または５の倍数になる炭化水素の一種類）と呼ばれます。
しかし、いま読み返してみると、主人公のハーシュは、街頭でその日暮らしをしているストリート・チュルドレンなのです。弁当を持っているところをみれば、帰る家はあるようですが、学校にも行っていませんし、「水色の水兵服を着て空気銃を持った」縮れ毛の子供に、「よござんすか。坊ちゃん」と敬語で呼びかけています。
単発のアルバイトで生活しているフリーターを、もっとワイルドにした感じではないでしょうか…
賢治は、そういう少年の不安定で自由な生活に、憧れを抱いて書いているように思うのです。
この小品に限らず、宮沢賢治の生活感情や創作動機のなかには、自由な生──不安定さ、貧しさ、社会的地位の無さを含む“自由”──へと憧れる面があったのではないでしょうか。
そういえば、ジョバンニにしろ、ブドリの少年時代にしろ、『風の又三郎』の三郎少年にしろ、また、『オツベルと象』の象にしろ、有名な作品の主人公はみな、半放浪的な少年たちではありませんかｗ
ここには、賢治作品を（これまでの伝統的な鑑賞のしかたとは違う面から）読み解く鍵のひとつがないでしょうか…
ちょっと脱線しましたが、
「パート三」に戻って続きを読むと、
http://id43.fm-p.jp/530/giton/index.php?module=viewbk&action=ppg&stid=1&bkid=990474&pgno=11&bkrow=0
……………………
あたらしいテレピン油の蒸氣壓
45一臺だけがあるいてゐる。
……………………
51この荷馬車にはひとがついてゐない
馬方のついていない荷馬車が１台だけ、ひとりでに歩き出しているのです。
テルペンの匂い→松林の中の鳥→気ままな生活→ひとりでに歩き出す荷馬車
というような連想でしょうか◇
◇(注) ちなみに、【下書稿】では、
「松の丸太をつんでゐる。
こっちの方へ向いてゐる。
松の丸太はこには似合はないぞ。
一台だけが歩いてくる。」
となっています。「似合はないぞ。」と警告のように言うのは、松の芳香から、気ままな生活の憧れへと誘なって行こうとする気持ちに対して、これを自戒し抑え込もうとする反動の気持ちが起きているのではないでしょうか。
46けれどもこれは樹や枝のかげでなくて
しめつた黒い腐植質と
石竹いろの花のかけら
さくらの並樹になつたのだ
50こんなしづかなめまぐるしさ。
「腐植質」は、土壌の黒い表土。「石竹いろ」はピンク。湿った林間の黒土の上に、桜のピンクの花びらが散っている様子に注意が向いています
この「小岩井農場」の作品日付5月21日に桜が咲くのは、遅すぎると思うかもしれません。しかし、小岩井農場は、岩手山麓で標高が高いので、本州で最も遅く桜（ソメイヨシノ）が開花する場所なのです
http://blog.crooz.jp/gitonszimmer2/ShowArticle/?no=149
↑こちらは5月9日の農場ですが、ソメイヨシノが満開です◆
◆(注) それでも、5月21日は開花時期より遅いかもしれません。『賢治歩行詩考』(pp.120-121)によれば、心象スケッチ「小岩井農場」は、5月21日の詩作行だけでなく、その２週間前5月7日のメモも加えて、巧みにモンタージュして作られているのです。開花した桜や花びらは、5月7日の情景である可能性が高いと思われます。
ソメイヨシノは自然に生えるものではなく人工植樹ですから、この「さくらの並木」も、農場が植樹したものです。
腐植土の上に散ったピンクの花びらは、官能的な美意識を刺激するものです。
農場の桜の開花は花巻や盛岡より遅いですから、作者には、季節外れの桜が狂い咲きしているように思えたかもしれません。
50 こんなしづかなめまぐるしさ。
（「鋼青の空」へ、つづく）
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