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農場の入口には、道と交差する方向に沢が流れていて、この沢が小岩井農場の南側の境界になっています☆。小さな沢ですが、道路の面から深く掘れた下にあるので、いつも暗がりになっていて、底を淀んだ水が流れています。

☆(注) 『賢治歩行詩考』p.30.


　混んだ野ばらやあけびのやぶ
　……………………………
　澤では水が暗くそして鈍つてゐる

というスケッチは、作品「春と修羅」の

　あけびのつるはくもにからまり
　のばらのやぶや腐植の湿地
　いちめんのいちめんの諂曲模様
　……………………………
　おれはひとりの修羅なのだ

という表現に通じています。つまり、ここで賢治は、明るい曠野を歩きながらも、心象の底には「いつものとおり」の暗く淀んだ風景が展開していることを、確認しているのだと思います。


10向ふの畑には白樺もある
　白樺は好摩からむかふですと
　いつかおれは羽田縣屈に言つてゐた
　ここはよつぽど高いから
　柳澤つづきの一帯だ
15やつぱり好摩にあたるのだ

「縣屈」は「縣属」の誤植。「県属」は、辞書を引くと、「県の事務を取り扱う役人」という説明があります。つまり県に所属する官吏のことです（当時の用語法から言えば、単なる雇い人ではなくて、一定の地位がある役人だと思います）。
賢治は、遠くの畑のそばに白樺らしい白い幹の木が生えているのを見つけると、
かつて、県の官吏に、岩手山麓の植生について説明した時のことを想起します。賢治は、「白樺が生えているのは好摩以北であり、それより南の低地には生えていません。」などと断言したのですが、
いま、農場入口に白樺があるのを見て、“言いすぎた！”と思う一方、
“ここはすでにかなり標高があるから、地形的には柳沢の続きであり、広い意味で好摩にあたる”などと、自分の発言を正当化する理屈を考えています。

こうした・もってまわったような理屈は、学生や研究者に特有のものであり…むしろ、研究者の活動にとっては必要なもの、宿命とさえ言えるかもしれません。
賢治は、研究者の道を断念して高等農林の研究生を辞めたあとも、農学校の教職にあるあいだじゅう、こうした‘学者の衣’を脱ぎ捨てられなかったのだと思います。そのことは、1922年作(推定)の散文「イギリス海岸」で彼が生徒たちに説明している口調や、清吉氏の「『春と修羅』への独白」の中で、兄・賢治の当時の思索を想像して書いている部分から、推測することができます。
もう学者の道を離れたのだから、こうした古い衣は早く脱ぎ捨ててほしいと思う賢治ファンは、ギトンばかりではないと思います。あるいは、この‘衣’が詩的想像力の足かせになっていたのではないかとさえ感じられるのです。
そして、もしかすると、農学校を退職した動機のひとつとして、
この足かせから自由になりたい…自由になりたいと思って、音楽鑑賞や作曲をし、生徒たちと演劇を上演したが、それさえ、「学校劇禁止訓令」(1925年9月) のために不可能になってしまった、もはや退職するしかない…という思いがあったのではないでしょうか。


http://id43.fm-p.jp/530/giton/index.php?module=viewbk&action=ppg&stid=1&bkid=990474&pgno=10&bkrow=0

　どうしたのだこの鳥の聲は
　なんといふたくさんの鳥だ
　鳥の小學校にきたやうだ
　雨のやうだし湧いてるやうだ
20居る居る鳥がいつぱいにゐる
　なんといふ數だ　鳴く鳴く鳴く
　Rondo Capriccioso
　ぎゆつくぎゆつくぎゆつくぎゆつく
　あの木のしんにも一ぴきゐる
25禁獵區のためだ　飛びあがる
　　　（禁獵區のためでない　ぎゆつくぎゆつく）
　一ぴきでない　ひとむれだ
　十疋以上だ　弧をつくる
　　　（ぎゆつく　ぎゆつく）
30三またの槍の穗　弧をつくる
　青びかり青びかり赤楊(はん)の木立
　のぼせるくらゐだこの鳥の聲
　　　（その音がぼつとひくくなる
　　　　うしろになつてしまつたのだ
35　　　あるひはちゆういのりずむのため
　　　　両方ともだ　とりのこゑ）

16行目から36行目までは、「鳥の声」の描写が続きます。「いつものとおり」の風景と、淀んだ思索のあとで、突然、雨のように降りしきる鳥の声に取りまかれた驚きが、よほど大きかったのでしょうか。
（つづく）
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